死はなぜ怖い? 前向きな「しあわせな死」って?

関野吉晴(探検家・医師)× 伊沢正名(糞土師)

地球という奇跡の星で、私たちが生き続けていくためにはどうしたらいいのか? グレートジャーニーなどの旅で世界の先住民たちと付き合ってきた探検家の関野吉晴さんは、自ら主催する「地球永住計画」というプロジェクトを通じ、さまざまな分野のスペシャリストと共にこの壮大な課題に向き合っています。2019年10月末に「地球永住計画」で関野さんと伊沢さんの公開対談が行われ、伊沢さんが探求している「しあわせな死」に向けて語り合いました。

なぜ「しあわせな死」を考えるのか?

関野 伊沢さんが今考えている「しあわせな死」というのは、いわゆる私たちが思っている死ではなく、生態系全体の視点で見る死ですよね。

伊沢 なぜ私が死のことを考えはじめたかというと、自然と人間の本物の共生を考えているからなんです。人間が欲望を実現するために自然から奪い尽くしたのが現在の状況ですよね。環境破壊がひどくなり、「自然と共生しよう」と今あちこちで言われていますが、それはまだまだ人間中心の考えで、インチキだろうと思うわけです。

伊沢 本気で共生しようと言うなら、人間のほうも自然を生かさないといけないのではないか? 生き物が生きるために必要なのは食べ物、酸素、水ですから、他の生き物が必要な食べ物を与えればいいのではないかと、私は46年間ノグソで実践してきました。

食事のときの「いただきます」は食べ物への感謝だけではなく、食べて命を奪うことへの罪滅ぼし、つまりこんなに感謝している自分は正しい人間なのだ、という免罪符になってはいないでしょうか。むしろ100万回のいただきますより、1回のノグソのほうがよっぽど価値があると思います。だって命を返せるんですよ。

こういう大切なことを抜きにして自己満足に陥っているのが、人間社会の常識や良識です。それを根本から考え直せば、命に対してもっと別な視点が持てるのではないかと思って、糞土師活動をやっています。

適切な人口は?

伊沢 自然と人間が共生するためには、地球上に人間が増えすぎました。私が生まれた1950年は約25億人だったのがや77億人ですから、もっと減らさないといけない。でも戦争や死刑のような苦しい死は嫌ですよね。

そんなやり方ではなく、ああ死んでよかったと納得できるような死の概念を見つけられれば、自然との共生が実現できるのではないか? それが今の私の最大テーマです。

関野 これだけ人口が増えたのは、1万年前の農業革命からです。それ以前、人類史の99%は採集狩猟で暮らしていた。狩猟民だったらこれほどの人口増加はあり得なかった。

伊沢 私の『ウンコロジー入門』という新刊書籍では縄文や弥生時代など歴史のことも書きました。歴史上ではいつ頃まで人間は自然と共生していたか、つまりいつまで人はノグソしていたかという話なんですが。

弥生時代で農耕文化になった頃から、人はノグソするのをやめて栄養分を自然に返さなくなった。だから弥生時代が自然破壊の第一歩かなと思っています。

ただ江戸時代まではウンコを肥料として使って、しかも鎖国していたので、日本国内だけの生産高で生きていた。そこまではいいんじゃないかと思うんです。ですから江戸時代の人口である3000万人まで日本の人口を減らせば、自然となんとか共生していけるのではないかと。

関野 農業がなければよかったとしても、もう狩猟時代には戻れない。今の人口を支えられないからです。

伊沢 北海道のアイヌは狩猟採集民で、広い土地に数えるほどしかいなかったそうですね。私もそんなに人口を減らしてまで狩猟採集をやらなくてもいいと思います。