菌類に学ぶ平和な世界(後編)

出川洋介(菌学者)× 伊沢正名(糞土師)

前回に続き、伊沢さんは菌学者の出川さんと対談を続けました。

野糞跡掘り返し調査は科学的か?

出川さんに野糞跡掘り返し調査の現場を説明する

伊沢 私が糞土師として自信を持って話が出来るようになったのは、2007~9年の野糞跡掘り返し調査で、ウンコが土中でどのように分解していくのか実地に検証したからです。

 調査したノグソは全部で185点。キノコの発生など地上部の観察だけのもの30点を除き、155の野糞跡を実際に掘り返しました。表面と内部の様子や形状、臭いの変化や味、出現した動物やカビ、キノコ、木の根、芽生えなどを写真と共に記録しました。しかもそれは室内での仮想実験などではなく、完全に林の中の自然状態で行ったことで、得られたデータには十分自信があります。それでも正直言って、まだ多少の不安が残っているんです。

 というのは、この調査は測定機器も試薬なども一切使わずに、自分一人の五感だけが頼りの観察結果だからです。きちんとした数値が無いから説得力に欠けるだけではなく、「科学的ではない」と批判されてしまうかな、と…

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という言葉があるように、長い歴史の試練に耐えたものにはそれなりの価値があります。でも、この調査は自分一人だけの狭い経験から出たものに過ぎず、愚者の戯言ではないか、との思いもちょっとあったりします。

 出川さんの研究者としての立場から、この野糞調査への評価を聞きたいのですが…

出川 凄まじいデータ量ですね。素晴らしいです。でも伊沢さんは、定量的に温度や湿度、ウンコ中の窒素含有量などを計らないといけないと思っているようですが、科学的な真実の理解ということでは、まず観察が一番の基本だと思います。高性能の測定器具を使わないと物事が分からないということではなく、そういう機器を使ったからといって即科学的といえるわけでもありません。中にはすごい測定をしていたって本質を突いていない研究もあります。やはり本質を知るには、まずは五感を使った観察が一番だと思います。

伊沢 出川さんだからこそ、はっきりとそう言えるんだろうけど、世間一般では数字で示すことで説得力が出てくるんですよね。とにかく数字に弱い。

出川 確かにそういう傾向はありますね。

 科学では客観性が大事だとよく言われるわけですけど、じゃあ何が主観的で何が客観的かということです。例えば科学者の中には、擬人化することを問答無用で嫌う人がいます。「こんな主観的で科学者としてあるまじき事を」なんて言うけど、擬人化することでより良く理解できるんだったら、それでいいじゃないですか。本質にどれだけ迫れるか考えたときに、とにかく数字を出せば客観的だとか、一切測定していないから主観的だとは言い切れなくて、まずはとことん観察をする中から導き出される事って、本当にたくさんあります。

出川 例えばダーウィンの進化論なんて、ビーグル号であちこち探検に行って、ひたすらいろんな生き物をみっちりと観察して回り、それらの比較の中から傾向を見出して、着想したことを整理してじっくり考えたわけです。観察は、生物学や科学の非常に大切な基本なんです。