「運古知新プロジェクト」で世界を変える ( 後編 )

前編に引き続き、長野県の中川村で「運古知新プロジェクト」を進める「中川循環型社会研究会」のメンバーに、お話をお聞きしました。

島崎敏一・大島歩・名取裕美・田中詩織(中川循環型社会研究会)×伊沢正名(糞土師)

それぞれが、それぞれの分野で突き詰める「循環」のかたち

(村での行事に出席しなければならず、残念ながら糞土塾に来られなかった大島さんはZoomで話し合いに参加しました)

田中 私は地域おこし協力隊として2016年に中川村に入り、それから移住しました。もともとジビエの獣肉解体や加工施設で働きたくて、昔からジビエ加工の施設が多かった南信州で探しているときに、ちょうど中川村の加工施設で協力隊として職員の枠が空くよと聞き、そこで働くことにしました。

ジビエとは、野生鳥獣の肉のことです。中川村周辺ではシカがほとんどで、あとはイノシシ。クマは数が少ないので個人消費が多いです。

伊沢 以前ニュージーランドに行ったときに、シカ牧場があったんです。なんと、日本に肉として輸出するためのシカだと聞いて、驚きました。

私はニュージーランドへ行ったときは、毎晩ステーキを焼いて食べていました。むこうの人は赤身の肉が好きだから、脂ののった牛肉がスーパーや肉屋で安く売っているんですよ。でもその時は興味本位で、一度だけ鹿肉を買って食べてみたんです。でもパサついていて、あまり美味くなかったですよ。

(ジビエの解体や加工を通し、獣肉を身近に感じてもらえるよう活動している田中さん)

田中 そうなんです。私はもともと南アルプスの山小屋で働いていたのですが、働いていた山小屋のメニューの一皿に鹿のローストがあって、それが冷凍のニュージーランド産のシカ肉だったんです。火の通ったパサパサのお肉でした。

でも、山小屋の隣には猟師小屋があって、林業の仕事をしにきている猟師の親子が、イワナや鹿肉や、たまにはクマ肉を新鮮なまま持ってきたりしてくれました。それも猟師風のシンプルな料理にしてくれて。お裾分けの文化は野菜だったら当たり前だけど、肉でもできるんだな、と感じました。もともと野菜づくりなどの農耕よりも、狩猟採集のほうに興味があったこともあって、自分は狩猟をやって、周りにお肉のお裾分けができるのではと考えたんです。それで、自分も分け与えられる猟師になりたいという思いから狩猟免許も取りました。さらに、狩猟や肉に常に接していられる仕事を探して、解体施設に勤めることにし、それで中川村に来たんです。

でも、だんだん狩猟をすることに悩むようになりました。シカもイノシシもみんな、それぞれ一生懸命に生きているのに、たまたま暮らしている環境で、里山とのバランスが昔ほど取れなくなってきて、畑に出てきたりして害獣とされて、駆除しなさいとなる。それは本当に人間の勝手です。そうやって駆除された肉がもったいないから、ジビエを食べようということになり、有名シェフが料理して、というのが面白くないな、と思ったんです。もっと普通に、生活の中の循環のひとつとして、里山にはシカもいて、人間もいて、そこで鉢合わせして、文化としての狩猟があって、無駄なくシカの肉を食べる。この完結、それがシンプルにできたらいいなと思いました。

(四徳温泉キャンプ場(中川村)で鹿の解体ワークショップ)

(自分で捌いた鹿肉を薪火で焼いて食べるところまで経験してもらう)

それで三年間、中川村の加工施設で勤めたあとは、自分で鹿肉を料理してお弁当を出したりイベント出店したり、保育園児から大人まで参加する解体のワークショップをしたりと、自分たちでジビエのお肉作りから料理までをやってみる活動をしています。子供たちには毛皮や角を触ってもらったり、楽しい経験をしてもらうことを心がけています。また、誰でも食べたことがあるような身近なメニューにすることも心がけています。

伊沢 狩猟からジビエ料理まで、しかも自分だけでなく大人も子どもも大勢集めてワークショップまでやっているとは、イヤー、驚きました!  「中川循環型社会研究会」には、本当にいろんな人が集まっていますね。そこがすごく面白いです。生活に密着した部分で循環型社会を作ろうという発想がいいですよね。肉でもウンコでも何でも、循環させないからダメなんだと私は思っています。特に命は、循環という意味では一番のおおもとです。私はそれを、ウンコと野糞を通して考え、そして訴えてきたわけです。

それぞれの人がそれぞれの分野で突き詰めていくと、すごいものが見えてくるはずですよね。それを中川村でまとめているのが、「中川循環型社会研究会」。これからもっと行政まで、できれば長野県全体にまで、さらには全国にまで活動を広げてほしいですね。

知事が中川村に!

島崎 ちょうど来週、長野県知事が中川村に来ることになっており、私たち村民と対話する、そうした機会があるんです。

(中川村の議員も務めている島崎さん)

伊沢 それは素晴らしいチャンスですね。トップがどういう人かで物事の進み方は変わりますよね。以前、青森県の白神山地で、広大なブナ林を貫く青秋(せいしゅう)林道の開発に対して反対運動があったんです。最初、自然保護の観点から反対をして、人々は県に話を持っていったんですが進展がなかった。それで知事のところに直接持っていったら、一気に話が進んだんです。知事は自然保護よりも、地域振興を考えていた。白神山地に林道を通してもあまり活用できない。それで経済問題から、青秋林道の開発を中止にしたんです。

これは自然保護の観点と経済問題が一致した結果でした。だから同じ価値観でなくても、どこかで重なることがあれば物事が動くんです。「運古知新」でなくても、うまく長野県を動かせるようなことがあれば面白いですよね。それには、教育などいろんな要素があればいいと思います。

私が今一番考えているのは、野糞は自分自身の責任の果たし方だということです。ウンコとは、食べた結果なんだ。食べるということは他の生き物の命を奪うことで、我々は奪いっぱなしでいいのか、野糞で命を返すべきじゃないか、と。それは命だけじゃなくて、社会全体の循環の問題にも関わってくる考え方です。だから糞土思想は、どんな分野にも広げることができると思うんです。

何かを「残す」ではなく、いかに「生かす」か

名取 長野県は北と南の差がとても大きい県です。北信は東京からも交通の便が良くて、観光客も多いし開発も進んでいます。一方の南信は、真逆です。だから、“開発されていない不便な場所”というマイナスイメージを持つ地元住民もいて、リニアがそれを変えてくれるんじゃないかと期待をする人もいます。でも、リニアの工事によって、長野県を象徴する山の自然が壊され、地域住民同志のつながりが分断されている現実もリアルに起こっています。知事と会う際は、そうした南信の状況も話せたらと思います。

(ウンコをめぐる問題から、生きる上での根源的なことをすごく感じていると語る名取さん)

伊沢 私は逆に、ここは開発がされていないからこそいいと思います。そして、何かを「残す」ではなく、いかに「生かす」か。残す、というのは保守的ですが、生かすのは革新的な、そして発展するような意味合いがありますよね。世界がこれから目指すものが、もしかしたら中川村にあるかもしれない(笑)、それくらいの気概で皆さんは是非活動してください。あくまでもいい文化を残すのではなく、「生かす」にして、発展型に波及させていくべきだと思います。

島崎 最近では時代の流れが本当に早くて、地域づくりに関しても現状維持では衰退に向かいます。建築の仕事で伝統的建築物の保存の活動もしていますが、保存だけしていても、実際にそこに住んで生活するなど、活用することを考えないと。

伊沢 アメリカインディアンには、何かをするときは七代先のことまで考えよ、という言葉があるそうです。七代先ということは、ほぼ200年先ですよね。今だけ良ければいいのではなく、子孫の代でどうなるかまで考えなさい、と。そこまで物事を深く考えて決定していくことが大切です。だから私も、今自分が生きるために食べて命を奪っていることに対しても、この先の事を考えて責任を果たしたいわけです。私の場合、それが野糞です。

大島 確かに、下水処理施設も、施設を作ってから30〜40年経って老朽化が進み、さてこれからどうする、ということになっていると聞いています。

伊沢 中川村にはせっかく広い土地があるのだから、野糞も選択肢のひとつですよね。国の法律では、その場所として街路や公園などという限定条件はあるけれど、野糞は軽犯罪ということになっています。でも、地方自治体は条例を作れますよね。法律ではダメなところを条例で補えるはず。それを使えるのが地方自治です。中川村で条例を作り、野糞を合法にする、という選択肢もあるかもしれません(笑)。

名取 「野糞特区」を作りますか!(笑)

伊沢 野糞特区は良いですね! 循環可能な未来の社会づくりを、野糞をきっかけに是非やってほしいですね。

循環型社会について楽しく取り組める仕組みを

島崎 運古知新プロジェクトでは、「ぐるぐるまわロック」という運古知新のテーマソングを作っています。村に住んでいるミュージシャンの方に、老若男女問わずウンコや命の循環について、楽しく口ずさめる歌を作ろうと。また、酒かす饅頭を作る活動もしています。中川村には酒蔵もあるので、酒を作った残りである「酒かす」を使ったおまんじゅうを作るプロジェクトを、地域の福祉施設の方々と共に進めています。

こうした活動に、どうしたら村の人々にもっと加わってもらえるのか、今まで全然興味がなかった人にどうやって最初の一歩を踏み出してもらえるのか、模索中です。もっと敷居を低く面白いものを仕掛けていきたいですね。

大島 私たちがやっていることは、少し時代が早すぎるのかもしれません。先を行き過ぎていますよね。でも今の仕組みでは続かないよね、と多くの方が気づく時がくると思います。やっぱりこっちの方向だよね、と。でも、楽しくやるのが一番大事ですよね。伊沢さんはそういう意味ではユーモアのセンスが素晴らしいです。

(今回は糞土塾に来られなかったが、Zoomで元気な姿を見せてくれた大島さん)

伊沢 ただ、私はウンコと野糞を前面に出しているので、警戒されて人が寄り付かないということもあるんですよね。人によっては、野糞なんて言わないほうがいい、という人もいます。でも、みんなが受け入れやすいように言葉を柔らかくしちゃうのは、私に言わせれば、本質が見えにくくなってしまう。だから人数が少なくてもいいから、しっかり受け取ってくれる人を対象にしたいんです。とにかく質を落としたくない。数よりも質ですね。ほんの少数でもいいから、ちゃんとわかってくれる人がいたら、そこから広がっていくと思うんです。

やり方は幾つかあるんですよね。本質を突いて、少数でもいいから質を、というやり方と、広めるためにみんなが抵抗なく興味を持つように活動するのと、両方あってもいいですよね。ただ私自身はあくまで、質の高いその核を作りたいんです。

大島 とんがった人がいつも先頭にいて、その後をみんなで一生懸命追いかけていくような、一人先に行く人も必要ですよね。伊沢さんはそんな存在です。

名取 私は伊沢さんと出会って、暮らしが面白いことになっていますし、ウンコをめぐる問題からは、生きる上での根源的なことをすごく感じています。「自分の感覚のままに行けばいいんだ」という再確認にもなっています。

そういえば、会のメンバーから、伊沢さんに質問をもらってきています。「野糞をしていて不思議だなと思うことはありますか?」とのことです。

伊沢 何故だかわからないけれど、ウンコをした途端、ハエがたかるのが不思議ですよね。ウンコが出た途端にハエがとまっている。ウンコの臭いを嗅ぎつけて飛んでくるわけじゃないんです。もしかしたら、ウンコしたい人を感知するセンサーがあるのかもしれないし、ウンコが出そうな人は「ウンコオーラ」を出しているのかもしれないですよね。だからハエはお尻の近くに来て、ウンコが出るのを待っている。

人間が知っていることなんて、限られているんです。まだまだ知らないこともたくさんあるはずです。だから、自分が知らないことでも直ぐ否定するんじゃなくて、ありのままを素直に受け入れることも大切だと思います。

今回プープランドで見たこと、糞土庵で知ったことを、是非中川村での運古知新の活動に生かしてください。

島崎 中川村は小さな村ですが、地元・移住者問わず魅力的な人がたくさん住んでいて、それぞれが自分の人生が輝くような活動をしています。それが膨らんで、村のイメージにも繋がっています。そうした村の人々の盛り上がる場を支えよう、というのが村のスタンスです。「運古知新プロジェクト」を住民主体で盛り上げ、地域や国籍問わず誰でも気軽に循環型社会について楽しく取り組める仕組みを作って行きたいです。

この「対談ふんだん」を見ている皆様もお気軽に中川村に遊びにいらしてくださいね。

実は今朝、プープランドで、伊沢さんの四重巻のすごいウンコを見ました(笑)。誰もがそうした良いウンコを出したいというのであれば、健康福祉に関わることでもあり、野糞は防災や土木や建設に関わることでもある。肥料という観点であれば農業にも絡んでくる。村のあらゆる問題が、野糞やウンコを通じて一気に解決するという、スケールの大きい話になるわけです。プープランドの林を歩きながら、伊沢さんのすごいウンコを見ながら、仲間内でそんな話をしてワクワクしています。

プープランドを中川村にも作ろうという話もあります。大島さんの畑でもいいし、山もあります。

名取 とにかく全てにおいて、おおもとになるのがウンコなんだな、と感じました。何らかの形で、みんなが時間をかけてこの問題に向き合えたら。その最先端をいく伊沢さんとお会いでき、ここで得たことを、村に持ち帰りたいと思います。

伊沢 破滅に向かうこの人新世の世の中を元気な世界に変えるために、まずは中川村から、一緒に糞新世を作りましょう! 今日は、ありがとうございました。

                   (取材・執筆・撮影:小松由佳)

<追記>

その後、「中川循環型社会研究会」の皆さんが長野県知事と会い、以下のようなお話をされたそうです。

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長野県の阿部守一知事が県内の全市町村をまわり住民と対話する「県民対話集会」。中川村には23年10月10日に知事が来村。そこで設けられたテーマが、偶然にも「持続可能な村づくり~地域内経済循環で村を活性化~」でした。

この日、私たちが循環をテーマに会を立ち上げ、暮らしの足元に目を向けて活動していることを紹介しながら、村の下水道処理施設見学会で感じたことを知事に投げかけました。

中川村の下水処理施設の運営にかかる費用のうち、年間約1億6千万円が赤字であること。平成になってから作られた施設は老朽化が進み、今後さらに維持費がかかること…。

今は、地域にあるものに可能性を見出して、クリエイティブにいろんなものを生み出していく動きに注目が集まっている。けれど、それと同時に、暮らしの土台であるインフラに改めて目を向けて、エネルギーやお金のロスがないか見直すことも必要なのではないか。地域住民が施設見学などをして、自分たちの暮らしのリアルを知る機会を積極的に作るよう、県が促すことも必要なのではないか、と。

知事からは「循環型社会を作る研究会を立ち上げて取り組んでいるのは、非常に素晴らしい。上下水道事業の運営は原則として自治体なので直接県ができることはないけれど、施設見学についてはどんどんやったほうがいい。今のしくみについて、持続可能性があるのかどうかは、県民の皆さんと一緒に考えていかなければいけないテーマだと思っている」

同席した中川村長からは「上下水道のことは県というよりも村の課題だと感じている。中川村の規模では今の下水道料金ではまかなえず、将来のこととして考える必要がある。上水道については、今後は隣接する市町村と連携して広域でやっていくしくみづくりを模索している」という返答をいただきました。

 

物質的なものだけではなく、思いをシェアし合い、循環させていくことの大切さも感じた今回の対話集会。今後も言葉にしたり、コミュニケーションをとったりして、住民の方を含めて改めて考える機会を作っていきたいです。

                                        (まとめ・名取裕美)

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【運古知新プロジェクト今後の活動】

2024年2月11日(日)に1年間の活動の発表のイベントを行います。

3月2日(土)には対談ふんだんにも登場した関野吉晴さんと出川洋介さんの講演会を行います。

詳細はHP・インスタをご御覧ください。

▼運古知新プロジェクトHP

https://unco-project.weebly.com/

▼インスタグラム

https://www.instagram.com/nakagawa_junkan/?igshid=MzRlODBiNWFlZA%3D%3D