柔らかさという強さ

失敗への恐れはない

仲間2人とアマゾンを筏で下った

伊沢 先が見えないことに対して不安や恐怖は感じないのですか?

坪井 何をやるかによって違うんですけど、アメリカ横断マラソンに関しては、砂漠越えで水がもつかどうかわからなかったので、迷いましたが、他はないです。途中で体が壊れたわけでもないし。

伊沢 できなかったらどうしよう、とかは?

坪井 スタートしたときは見当つかなかったので、3日間ぐらいでダメになるかもとは思ってました。それを越えられるなら、なんとかなるかなって。

昔の話だと、大学時代にトライしたホノルルマラソンは、できないことに挑戦しているという実感がありました。それまでは高校の10kmマラソンが最長走行距離だったから。出ようと思ったのは、ある日電信柱に「ホノルルマラソンツアー15万円募集」というポスターが貼ってあったのを見て。

そういえばテレビでドリフのいかりや長介さんが走っていたな、素人がそんなことしていいんだったら、僕も出てもいいよなと思って。学校のアドベンチャー同好会で「ホノルルマラソンに行こう。練習なんかするんじゃない、皆で玉砕しよう」と伝えたら、7人が一緒に行くと言った。

伊沢 へえ、それで結果はどうだったんですか。

坪井 初挑戦で全員完走でした。だから、できるはずがないと考えている間に動けばできちゃうんじゃないかって、思うんです。

伊沢 すごいですねえ。坪井さんの力で仲間を引っ張ったというのはあるでしょう?

坪井 引っ張ったというか、共鳴してくれたんでしょうね。

伊沢 1人も落伍しなかったんだから、それは驚きです。

大学3年生のときに初挑戦のホノルルマラソンで完走

東海道を人力車を引いての旅(同志社大学人力車友の会)

 

人の可能性ってすごい

伊沢 できないと思わないことも、夢リストを書くことも素晴らしいですね。自分の限界を取っ払って、やりたいことをやるんですね。

坪井 正直でありたいです。リストは、できる、できないは考えてない。やりたいことを書いただけです。

伊沢 坪井さんは自分にしっかり向き合っていますよね。他人との競争ではなく常に自分との問題で、そこを尊敬します。普通は他の人との関係で勝ち負けの意識が出たりしますが、そういうのが一切ない別世界に生きている感じです。

坪井 はい、あまりないですね。序列で自分がどこにいるかとかは重要ではない。別にどこにいても構わなくて、自分に対して一生懸命やっているかという問いかけがあるだけ。上昇思考もそんなにないです。

ホノルルマラソンを走ったとき、完走できると思わなかったので、できた自分に感動したんですよ。可能性って案外自分が思うよりもあるのかもって。その感動をまた味わいたくて、翌年は少し練習して再挑戦したらタイムが1時間縮まったんです。3時間50分。

本来なら喜べるはずなのに全然嬉しくなくて悩みました。なぜか感動より悔しさがあって、マラソンをもうしなくなった。でもそれから17年経って40歳になったとき、またいきなり100kmを走ったんです。しまなみ海道で開催されたウルトラマラソンです。

伊沢 100kmですか!?  

坪井 最初から無理な挑戦で、どこまで体力があるのか測るためにやってみた。倒れて救急車で運ばれてもいいやって思ってやったら完走できました。

伊沢 タイムは何時間ですか?

坪井 16時間です。23時発のフェリーに乗らないといけないのに、ゴールしたのが22時45分。急いでタクシーに飛び乗ったらギリギリでフェリーに間に合った(笑)。

伊沢 はあ……。しんどいとか辛いとか苦しいとかは?

坪井 もちろんあるんですが、やってみないとわからない世界で。要は筋肉の使い方なんです。走れなくなったら歩けばいいし、歩けなくなったら走れば進む。

伊沢 ええっ? 

坪井 使う筋肉が違うんです。すごい人は全部使い分けているらしくて、もうダメというところから走れるんです。

伊沢 坪井さんは断食も挑戦されましたよね。息ができなくなる直前になってやめたという。

坪井 食べ物とは何かを知るには断食を経験しないといけないと思って。断食ってどう死んでいくかという過程ですよね。58kgが毎日1kgずつ減っていくんですよ。ある程度までいくと脳があまり活動をしなくなって、エネルギーを消費しないよう眠ってばかりになる。

筋肉も落ちて、歯ブラシをもつだけで重たく感じて。最終的には横になると呼吸が苦しくなり、肺に水がしみて眠れなくなって、そろそろ限界だと思いました。