日常のなかに死と生が存在することの穏やかさ

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命を実感する場が必要ではないか

亮之介 食べ物もそうじゃないですか? 昔は家で鶏をしめていたけど、今は肉屋さんだけがやりますよね。自分が食べるものが生まれる瞬間と死ぬ瞬間に、全く触れないのが普通になっているよね。

伊沢 私が子どもの頃も家で鶏を飼っていて、食べるときは首をはねて柿の木にぶらさげて血抜きして、茹でて羽をむしり取っていた。それが臭くて、晩ご飯に鶏肉が出てくると思い出して味わうどころじゃなかった。

亮之介 そうですよね。本来は生きるためには殺さないといけなくて。みんなが家でしめろとは言わないけど、そういうつながりがあって食べ物ができることを、少なくとも教育の場や家庭でもっと知らないとダメになる気がする。

それが人の死に対する接し方にも結局つながっていくと思うし。子供のときにカエルを爆竹で爆発させて遊んだこともあったなあ、野蛮だけど。

伊沢 そうそう。それで命を理解するんだよね。生き物は死んじゃうんだということを、言葉じゃなくて体験する。でも今はそういうふうに向き合うことがないから、ゲーム感覚で殺しちゃう。むしろ今のほうが残酷だと思う。

亮之介 かもしれないですね。

伊沢 ここまでいったら命が危ないという限界を知らない。ゲームだと死んでもリセットボタンで戻れるから、死に現実味がないんだよね。

亮之介 日本で抗菌グッズが流行ったりするのも同じかもしれないですね。なんでここまできちゃったんだろうって思う。不潔が良いという意味ではないですよ。でも不潔という言葉でくくられて思考停止してしまうことが多すぎる。

伊沢 そして不潔が拒絶につながっている。雑菌のおかげで免疫力が上がって元気になることもあるのに。

亮之介 伊沢さんはノグソで人間が生態系の循環に入ると言う。でも本当はウンコだけじゃなくて、常在菌も腸内細菌も、寄生虫も含めて色々なものと人間は触れ合って共生していたわけですよ。死んだら地面に埋めていたし。それを全て排除するのは行き過ぎている感じがする。

自宅の庭で

伊沢 行き過ぎさせているのは何なのか? 私は上っ面だけの良識だと思うんです。

亮之介 良識?

伊沢 良識って悪いものを排除しようとする働きでしょう。ウンコは汚いという衛生観念もそうだし、死もマイナスだから見ないほうがいいって排除する。あと人権です。人権自体は大事なものだけど、全てに覆い被さってきて、少しでもマイナス面があるとすぐ潰しにかかるから。

亮之介 基本的に昔の生活には共生や循環というものがあったと思うんです。でも今は一直線になって終わり。大切なのは、循環が生活の中にどれくらいあるかだと思う。生まれて死んで終わりじゃなくて。それは先祖崇拝や長老を敬うということでもあると思うけれど。

 

「淳子の庭プロジェクト」のこと

伊沢 それにしても庭が素晴らしいですね。淳子さんが生前に「庭が心配だからなんとかしたいよね」と話されていて、その思いを引き継いで形にされたそうですね。

亮之介 亡くなる前の4月だったかな、淳子が姉のように慕っていた山仕事仲間の本所雅佳江(ちかえ)さんが中心になり、庭師の矢野智徳さんに来ていただいて、淳子と矢野さんが直接話してどんな庭にするのかを相談したんです。亡くなった直後の7月上旬に友人が40人ぐらい集まって、「淳子の庭プロジェクト」を始動しました。

「淳子の庭プロジェクト」完成予想図(画/長野亮之介)

伊沢 具体的にはどんなことをしたんですか。

亮之介 矢野さんが指揮をとって、庭中を重機で掘り起こし、みんなで40センチメートルくらいの溝を作るんです。そこに剪定枝や竹や炭を入れる。

矢野さんいわく「地面の下の水流と通気をよくすると、根が張りやすくなり、地上の木々が元気になる」。雑草も根っこから切るのではなく、風が吹いたときにそよぐ部分だけ削げばOKって。要は放任主義。

この工事で庭の植生がだいぶ変わって、いろんな種類の草が出るようになりました。2019年1月にまた仲間が集まって庭の周りの竹垣80メートルほどを作り直し、職人さんに頼んで2階のベランダも総ヒノキで作り直しました。

伊沢 大規模な作業だったんですね。

亮之介 そうですね。でもそれ以降は俺がときどき草むしりするぐらいです。この3月に友人で農大探検部OBの山田高司が遊びに来て、縁側について教えてくれて。彼の地元の高知県では、人が勝手に庭に入ってきて、家と庭の半公共的なバッファゾーンとして縁側に集うんだそうです。

2階の「淳子ベランダ」。春はここから庭の満開の桜を眺めることができる

伊沢 家の中までは入らないでね。

亮之介 そう。とても大事な役目を果たしていると聞いて、縁側をもっと広くしたいなと思い、もともとあった縁側の縁台を増やしました。だから「淳子の庭プロジェクト」は現在も継続中ですね。

でも面白いんですよ。この庭のミカンの木は、全く手をかけてないけど毎年実る。今年もちょうど緊急事態宣言の頃に100個以上実って、庭で仕事をしていたら、知らない近所の女性が「ミカンいただけますか?」って何度か来たんです。

来るたびに、そのミカンで作ったジャムをくれるんですよ。わらしべ長者みたいじゃないですか? そういう庭による出会いっていうのもあるんだよね。