菌類に学ぶ平和な世界(後編)

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動物と菌類は兄弟

伊沢 糞土思想が目指している共生と命の循環は、結局のところ今関先生から学んだ「3本足の哲学」に、ウンコを注ぎ足して練り上げたものなんです。だけど、動物・植物・菌類はそれぞれ対等ではなくて、優劣があるんじゃないかと私は考えています。

 地球上のすべての生物が生きるためのエネルギー源は、植物の食事である光合成で取り込んだ太陽エネルギーで、そのときに出てくる酸素は、植物にとっては食べかすのウンコです。つまり、植物が食べて出してくれなければ、自然界のほとんどの生物は死滅してしまう。そして、その植物を生かしているのが、動植物の死骸やウンコを食べて分解し、二酸化炭素と無機養分というウンコを出している菌類ですよね。

 ということは、植物と菌類だけでも命の循環は成り立ってしまうわけで、動物はおまけに過ぎないんじゃないか。むしろ、自然破壊ばかりしているヒトなんていう動物は、いない方が地球は平和な世界になるんじゃないか。なーんて考えてるんだけど、出川さんはどう思いますか?

出川 どうですかね。自然界の分解という作用には動物も関わっていますし、分解生態学の中では菌類だけが分解者じゃなくて、最終的に無機物にまで分解しているのはむしろバクテリアじゃないかっていう意見もあります。

 アリストテレスの頃から、生き物は動物と植物の2つに分けられてきました。キノコは動かないから植物だと。だけど色が緑じゃないから原始的な下等植物で、まだ光合成が出来ないんですよと。ところが今関先生をはじめ、1960年代くらいから生態学者が、生産者(植物)と消費者(動物)だけでは生態系は成立しなくて、菌類がいて初めてリサイクルできるようになると言って、3本足の哲学が出てきた。

 ところが90年代くらいから今度は、菌類は動物に近いということが分かってきたんです。以前は菌類は植物だと言われていたのが、次はいや独立のものだと、そうしたら今度は動物と菌類が仲間だと、一体何なんだというくらいコロコロ変わってきた。でもDNAとか、電子顕微鏡で見た細胞の構造とかを調べたら、菌類と動物はものすごい親戚なんですね。端的な例でいうと、菌類にも泳ぐ胞子があって、動物の精子とそっくりだとかね。

伊沢 うんうん、確かに! 変形菌に魅了されて、私の写真の3大テーマの一つに据えたのも、その生活環が動物と菌類の間を行き来している事への驚きからでした。

出川 それから植物は、例えばお芋のように自分の栄養分をデンプンとして蓄えますよね。ところが動物と菌類はグリコーゲンという形で貯蔵する。

 菌類と動物ってにわかには信じ難いんですけど、進化という大きな枠組みで見ると、生物全体の多様性の系統樹の中では、ものすごく近いんです。変な話だけど、分解者と消費者が一緒って、どういうこと?ってなりますよね。

 ところがよくよく考えてみると、動物の体って筒になっていて、筒の内側が消化管で、口と肛門が繋がっている管です。そして、食べ物はおなかの中を通って肛門から出ていくというけれど、消化管の中ってじつは、外界と繋がっている体の外側なんです。だからそれを反転すると、体の外に消化酵素を出している菌類と同じです。その意味でも、菌類と動物ってたいして変わらないんですよね。

伊沢 なるほど、そうなんですね。そういう視点で動物と菌類を見ると、また違った世界が見えてきます。都合が悪いからと言って動物やヒトを排除するんじゃなくて、もっと別なアプローチで解決策を探るべきですね。

 じつは糞土思想は、それまで欠けていたというか、強引に排除され無視されてきたウンコの視点で、この破滅に向かって突進している地球環境を何とかしようとしているわけです。そういう意味でも、菌類の未知なる世界を探究している出川さんならではの、新たな何ものかを教えてもらえるのではないかと期待しているのですが…。