ウンコは汚物に生まれるのではない、汚物になるのだ。

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昔はウンコに、値段がついていた 

伊沢 湯澤さんは、ウンコを切り口に歴史や地理を紐解く研究をしていますよね。私は47年間自分で野糞を実践しながら考えてきましたが、アカデミックな理論武装がしっかりできていない所が弱いと思っているんです。そこを今日はお話を聞くのを楽しみにしてきました。

湯澤 ありがとうございます。最近出した著書の『ウンコはどこから来て、どこに行くのか』のサブタイトルは「人糞地理学ことはじめ」としているように、今はウンコを通して人類の文化、文明を読み解く試みをしています。

 そのなかで明確にわかっているのは、いまとなっては「汚いもの」「極力遠ざけたいもの」として認識されているウンコは、人間と寄り添ってきた歴史があるということ。ウンコが完全に「他人ごと」と扱われるようになったのは、近代以降。

 すなわちウンコは、「汚物として生まれたのではなく、汚物になった」のです。

伊沢 ウンコは肥料として使われてきた歴史がある、というのは知っていたのですが、具体的にはどんな風に使われたのでしょうか?

湯澤 ウンコが体系的に肥料として使われ始めたのは、江戸時代の元禄期頃(17世紀後半〜18世紀初頭)です。当時は人口が増加し、新たな田畑が作られた時代。より多くの肥料や堆肥が必要とされていた背景がありました。

 そもそも当時はウンコには値段がついていて、貨幣や野菜などと正式に売買されていたんですよ。肥料を作るために、専門の業者からウンコを買って、発酵させて肥料にするんです。

 興味深いことに、誰のウンコかによって、値段も異なっていました。良いものを食べている将軍や大名のウンコは「きんばん」と呼ばれ最高級で、牢獄にいる人びとのウンコは「たれこみ」と呼ばれて最下位、というように。

伊沢 その話は、子どもたちもすごく面白がっていましたね(笑)。

湯澤 「これだけのウンコを、大根と交換しました」という、100年前の領収書のような資料も残っています。これを見つけたときは、「これは100年前のウンコから私に届いた手紙ではないか」と興奮したものです。

愛知県の鈴鎌工場の肥料渡帳(大正2〜19年)。女工の糞尿を売買していたことが記録されている。出典:鈴木貴詞家文書 『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか』より