最期は獣に食べられたい(後編)

Print Friendly, PDF & Email

野垂れ死にへの憧れ

伊沢 今日のテーマは「共生」と「しあわせな死」ですが、服部さんが50代に突入されて、循環の中に戻っていきたいという思いがあるとお聞きしました。具体的には今はどんなことを考えているのですか?

服部 最近ある廃村に古民家と土地を入手したので、社会システムから外れてできるだけ地球に負担をかけず、どこまでできるのかを試したいと思ってます。

伊沢 自給自足をするということですか?

服部 その古民家は、太陽光で電気を作り、燃料は薪を拾い、水は湧水を引いて、ウンコは穴を掘ってする。つまり社会のシステムに頼っているライフラインはゼロです。登山中はそれらの生活消耗品がすべて無料なのに、街で生活しているとなぜか料金が発生する。そのことはずっと疑問を持っていました。電気はともかく、水も空気も薪もウンコをするのも、本来はタダでしょ?

伊沢 そうなんですよね。ところで、周りには他に誰もいないんですか?

服部 完全な廃村です。米は買っていますが、鹿は撃っているので、かなり自給率が高い状態です。化石燃料に関してもほぼ地球に負担をかけていない。このスタイルでなら、もうすこしこの世に存在させてもらっても迷惑ではないかなと思ってます。

伊沢 いいですね。

服部 最終的に俺にとってのしあわせな死というのは、「何かの餌になる」ことです。でも人間を襲って食べにくる動物は日本にはいないんですよね。だから廃村の古民家で人知れず死んで、ハエやアリにたかられていることに誰にも気づかれず、「そういえば最近あいつ見ないな」と思われているうちに白骨死体になっていた……というのが現実的な理想ですね。

伊沢 ほとんど野垂れ死にですね。

服部 野垂れ死にや孤独死が本来は一番メインの死に方のはずなのに……というか、それ以外は本来ないはずです。野生動物で狩られなかった奴らは、みんな孤独に野垂れ死にしますからね。

伊沢 ご家族ともその死生観は共有されているんですか?

服部 冗談では話します。でも、その時になってみないとわからないですね。ただ最後に燃やしてほしくないということは話しています。ガソリンかけて骨にするなんて馬鹿らしい。

伊沢 本人はそうしたくても、残された家族が納得しなくて、最終的に自分の意思に反して火葬されてしまったりすることはありますよね。「行方不明になっても、お父さんを探すな」ということは、ご家族にも話されているんですか?

服部 しますよ。現実問題として山中で死んだ俺を見つけるのは不可能ですしね。玄次郎(次男)なんか「お父ちゃんが山で死ぬのはしょうがない」ってはっきり言ってる。だけど最近俺がナツ(犬)を山に連れて行くから、「でもナツが山で死んじゃうのは耐え難いな」とつづく(笑)。

伊沢 ナツのことのほうが大事なんですね(笑)。 

狩りにも登山にも必ず同行するナツ

服部 でも死んじゃったら意識はもうないわけで、残された家族がどう扱うかはしょうがないですよね。そこまでは干渉できない。

伊沢 ただね、私が考えているしあわせな死は、本人だけでなく周りの人も納得できるものであるべきだと思うんですよ。そこも考えていきたいんです。

服部 今の時代で火葬しないのは、なかなか難しいでしょう。遺体を放置したみたいに言われたりして。

伊沢 罪を被せられちゃうんですよね。法律がとにかく面倒です。

服部 安楽死とは別の自然な遺体の処理を合法化してほしいけど、衛生的には焼いちゃうのが安心なんでしょうね。