最期は獣に食べられたい(前編)

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野生のホモサピエンスになりたい

ご自宅の壁

伊沢 服部さんは今年初めに地平線会議で講演をされた時、「日本国民をやめたい」と仰っていましたが、私は「人間をやめたい」と思っています。これまでの人間社会の概念を外れて、自然の中の生き物になりたいということです。

服部 俺は他の動物になりたいというよりは、ホモ・サピエンスのままで社会システムの外にいきたい。つまり野生のホモ・サピエンスになりたい。ヒトは動物として弱いと言われるけれど、むしろ性能は良いほうだと思うんです。人間の身体という道具そのものは、けっこう良いものだと思うんですよね。

伊沢 鹿や熊ではダメなんですね。

服部 野生の人間がいいです。器用な指先や前頭葉、二足歩行は優れた機能だと思う。これらを駆使して世界と対峙したい。

伊沢 私もそこは同じです。ただ聞いていて、今日、私と服部さんの根本的な違いが見つかりました。服部さんは、人間社会の嫌なところはいろいろな規則で縛られることだと仰っていますよね。

服部 社会システムの中心は法律なので、それが嫌だというのはあります。

伊沢 私はそうじゃない。法律がどうのこうのじゃなくて、人間って思い上がっていると思うんです。他の生き物を下に見て踏ん反り返っているのが嫌なんですよ。

服部 それが嫌なら、どこかの山にひとりで籠もればいいんじゃないですか?

伊沢 理想は山に籠もって自給自足生活をすることですが、自分ひとりがそれをやっても世の中は変わりません。自分だけで完結してしまう。私は人間としてずっと生活してきた中で、いかに他の生き物を虐げてきたかという罪悪感を持っています。

つまり人類としての罪です。自分ひとりが理想的な生活をしてもどうにもならず、人類全体が自然に対して謝らないといけないと思っているんです。それを勝手に背負っちゃったんです。

服部 すごいな。ある意味、革命家ですね。

伊沢 そうです。ウンコ革命です。長い歴史の中で人類は自然を踏みつけてここまでのし上がってきたわけでしょう。その結果が環境破壊や気候変動などの危機的状況です。その罪滅ぼしをやらなかったらどうするんだよ、と思うんです。

服部 どうやってやるんですか、それ。

伊沢 自然と人間が共生できるような社会を創らないといけないと思います。そこでは命のやりとりだってあるわけですよね。人間は他の生き物から命をもらってばかりだけど、ノグソで命を返せることがわかったから、私はひたすらノグソをしているんです。ノグソの基本はそこなんです、奪った命を返す。

服部 そうか。俺のノグソはちょっと違っていて、下水処理っていうシステムに対する疑問なんですよね。なんで金を払って自分のウンコを処理してもらっているんだって。

でも実際にはトイレに流した場合は、人に処理してもらっているわけですよ。だからその料金をしかたなく払っている。でも伊沢さんはノグソを通して、他人の意識を変えることができると思っているわけですね。

伊沢 そうです。できるかどうかはわからなくても、そこから、やらなくてはいけないと思っています。

服部 俺は他人や人類に対して「無理でしょ」ってわりと諦めてしまっているところがあるなあ。

伊沢 もちろん100%は無理ですが、少しだけでもと思っています。今までの人間はまだ自然が残っていたから奪うものもあって、それなりに裕福な生活もできている。

でも今の子供たちやその後の世代になると、自然が壊れてしまってどんどん苦しくなる。そんな酷い環境の中に自分たちの子孫を放りこんでもいいのか? 自分たちの世代の責任ではないのかと思うんです。

服部 その通り。うち3人も産んじゃったんですけど。

伊沢 私にも2人子供がいます。

服部 人口が多すぎることは承知しているのですが、さっきも言ったように繁殖って脳内麻薬が出て面白いからついやっちゃうんですよね。

伊沢 どの瞬間で出ると思いますか?

服部 すべてです。まず恋愛なんて世界が薔薇色に見えるわけで、どう考えても麻薬中毒。

伊沢 そうですね、すごい熱病(笑)。

服部 そのあと安定してきて子供が生まれた瞬間もすごく面白いし、成長を見ていくと幸福感が出るようになっているから、全部が面白い。生き物だから当たり前ですよね。

伊沢 そこは否定できないですね。