最期は獣に食べられたい(前編)

Print Friendly, PDF & Email

アドレナリンが文明を発展させたのかもしれない

服部 文明の究極の課題は効率化で、それが行き過ぎた面がいろいろな社会問題を作り出していると思っています。ただ、物事を効率良くスピード化することって、気持ちのいい脳内物質が出ると俺は思うんです。

例えば原発を作った人にとって、原発を考えて設計して作り出すときは楽しくてしょうがなかったんじゃないかな。文明的に人間を発展させたという手応えは、おそらくアドレナリンが出て楽しいことだと思うんですよね。

伊沢 それは個人ベースではなく社会ベースで発展させたという感じのことですか?

服部 そうです。自分が歯車になったのでもいいし、何かを発明したとか巨大ビルを作ったとかでもいい。とりあえず「社会や人類のため」になったように見えることって、たぶん面白いと感じるようになっている。

「足るを知る」という言葉がありますが、生き物は効率化が気持ちよいと感じるようになっているのだとすると、文明の発展を我慢するのも難しい。

伊沢 そこで喜びを感じるというのは、求めているものに近づいたからですよね。その「求めるもの」を、私は別のところへ持っていきたいんです。

服部 効率のほうではなく、ですよね?

伊沢 そうです。自然の素晴らしさのほうへ持っていきたい。服部さんはすでに見つけていると思うのですが。

服部 若い頃は進歩主義のど真ん中ともいえる「初登頂」を求めていましたし、面白さも感じていた。陸上競技も好きなので、人と競い合う面白さも知っています。

自分がイメージしたものに対してトレーニングをして結果が出るというのはかなり面白い。進歩主義から感じる喜びに関しては一概に否定しにくい。地球を壊すことになっても効率化を求めてしまう人の気持ちはわかります。

伊沢 私も写真家をやっていたとき、50歳の時に『日本の野生植物・コケ』という図鑑を作って、ここまで大きな仕事をやり遂げたのだからもう死んでもいい、と思いました。

服部 俺ももう、50歳ですよ(笑)。

伊沢 私の場合は、50歳以降はオマケの人生だと考えて、写真家をやめて「ウンコ」をやることにしたんです。そして56歳の時、糞土師になりました。

服部 この年になって、身体能力的に落ちてきたことをある程度意識するようになったのに加えて、繁殖期間が終わったかなと感じています。一番下の子は高校生だし、まだ少しお金がかかりますが……。

繁殖も効率化と同じく、脳内麻薬が出ますね。大きな意味で「生きる快感」が繁殖にはある。だだそれが一段落ついたのと、体力がこれ以上伸びないという現実が目の前にあって、もう効率化や繁殖では脳内によい分泌物が出ないとわかってきた。それでようやく俺も「糞土師的な達観」のほうへ行きつつあるという感じです。

伊沢 達観なんてしていないですよ。ただ、自分の軸足を「自然」に置いて物事を考えているので、この日本人社会の良識や人権、さらには法律などまで、なんて傲慢でケチくさいんだ、とは感じていますが。

服部 もはや悟りじゃないですか。俺も獣を殺しているから、自分が死ぬ時にあたふたするのは筋が通らないと思っています。鹿を殺した時は「そのうち俺も行くから」って心の中で思ったりする。

自分の番が来たらきっちり死なないといけない。できれば、俺が鹿を食うように、俺も何かに食われたいですね。死んだ身体を火葬場で燃やされるのではなく、アミノ酸として生態系に有効活用されればいいなと思っています。でも実際に死を目前に迎えたらあたふたしちゃうのかなあ。

伊沢 この世から理想的に去るためにも、自分なりの「しあわせな死」を考えておいたほうがいいと思うんですよ。納得できる死に方をあらかじめイメージしておけたら、心の準備ができるのではないかと。