環境問題は善悪より責任

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幸せと責任

伊沢 人間社会のこれまでの価値観を、根本から考え直さないといけないのではないかと私は思います。再生可能エネルギーなども良い部分しか見ていない。

太陽光パネルや風車を造り、設置するためにどれほどの資源とエネルギーを使い、ゴミを出しているかは言わない。何十年後にどうなるのかも見ていない。そこもひっくるめて上っ面でやったふりをしていて、我々は今どういうふうに生きていけばいいのかを考えない。今井さんは今、何を目的にして生きていますか?

今井 最近ずっと温暖化の問題に取り組んでいるのは、問題を知れば知るほど後戻りできないというか……。現状の生活を続けていったら、将来は温暖化が進行したり環境がますます大変なことになるということが見えてきたので、自分はそこに対して何か立ち向かっていかないといけないなと考えています。

理想は、今日のイベントのタイトルにある「責任」について1人1人があえて考えなくても、幸せに暮らせる社会になるといいです。

伊沢 私自身もそうですが、人間は皆結局「幸せ」を求めて生きているんですよね。

今井 そうですね。でもそこには負の部分もあって、幸せを追い求めすぎると未来の世代がずっと責任や危機を負わなければならないんですよ。

伊沢 どこに幸せを求めるか、ですよね。今の人間社会は金銭経済が最優先で、利便性や物質的な豊かさに幸せを求めているところが大きいのではないか。でも本当の幸せって心の中で感じることだと思うんです。自分の心が幸せで豊かだと感じられればいいんだよね。お金や利便性は手段の一つでしかない。

私の場合、写真家をやめて糞土師になり収入はガタ落ちだけど、今すごく楽しくて、自分の幸せが見えてきました。ただ、自分だけが満足するのではなく社会全体がそうなるよう他の人に対しても働きかけたくて、糞土師として講演や執筆活動をしています。

糞土思想の基本は、自分を生かしてくれる相手にとってもプラスになる共生関係を作ること。でも考え方や価値観は人によって違うので、どうしたらお互い幸せになる接点を持てるのかを今探っています。今井さんはどんなことを最近は考えていますか?

今井 食に関して言えば、肉食より菜食のほうが環境に良いという考えに私も共感しています。ではどうすれば他の人も菜食に魅力を持つようになるのか。それには3つの要素が判断に影響すると考えています。1つ目は、何事もまずは「好き嫌い」から始まると思うんです。

つまり菜食は実際のところ美味しいか美味しくないかが一番大事。もし菜食を嫌いだと思えば環境に関心が向くこともないので、食べて美味しいと感じられるというのが最初の一歩だと思います。

次は健康。長生きすることを幸せだと思う人もいれば、今を楽しんでいて今が良ければ長生きに興味ない人もいるかもしれません。健康という面をアピールすれば、菜食を選ぶ人が増えるかもしれない。

最後が環境です。環境問題が自分の生活に直接影響を及ぼすと考える人はまだ多くないと思うんです。ただ私は環境に負荷をかけることに罪悪感を感じるので、環境に良いからという理由で菜食を選ぶでしょう。

このように、選択には過程がありますよね。しかし人が何かに対して「嫌い」だとか「自分は幸せになれない」と感じた時点で、その選択は選ばれなくなると思います。

環境活動についても、「デモってなんか嫌だなあ」と他の人から傍観的に思われたらそこで終わりなんですよ。私の場合はこの活動が社会にとってプラスになると思っているので、活動するという選択をとっています。

伊沢 今井さんはそこに喜びを感じているんだよね。そこに喜びを感じない人にどうアピールするかが重要ですね。

今井 そうですね。

伊沢 私の場合、自然と共生したいという目的があって、そのためにどうすればノグソを広められるかを日々考えているんですが、ノグソってこんなに気持ちいいんだ!という快楽を人に知ってもらうのが一番だと思います。以前はただ理屈でノグソの素晴らしさを広めようとしていたのですが、やり方を変えました。