「生ききりたい」(前編)

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病気への恐怖は?

伊沢 ところで病気や死に対する恐怖についてお聞きしてもいいですか。私はもう死んでもいいやっていう覚悟ができたから、今は楽なんですよ。

亮之介 いつ覚悟ができたんですか?

伊沢 一昨年の春にステージ3のガン宣告されたときです。

亮之介 余命宣告されたんですか?

伊沢 余命宣告はなかったけど舌を半分切り取ると言われた。切ったらしゃべれなくなるから致命的。淳子さんはガンだと聞いたときに怖さはなかったですか?

淳子 あんまりなかったかな……?

自宅にて

伊沢 先生をやってきて、教育の中で、ここまでやったという満足感というのは?

淳子 うーん、私の授業は楽しかっただろうなっていうのはありますけどね。他の人がやる授業とはちょっと違ってるというか。

伊沢 だからそういうことをやってきて、子どもたちに何か与えられたというか、これだけのことをやったんだっていう満足感。私がコケの図鑑を作ったときに、写真家としてやり遂げたと達成感を感じられたのと同じような。

淳子 うーん、なんか、そこでっていうのではないんですよね。教員というのは、その場その場の関わりの中で通じ合えたりというか。わりと一瞬一瞬の。

亮之介 ライブパフォーマンスだな。役者みたいな。

淳子 そう。今日の舞台はよかったみたいな感じかなあ。たとえば今年の入試の問題作成に私は病気で関われなかったのですが、他の方からちょっと張り合いがないみたいなことを言われたりすると、存在していたという意味を感じられたり。そういうことはけっこうありましたけどね。

自宅にて

淳子 でも校長先生や偉い人には全然ならなかったし、本当に現場で長いことよくやってきたなあっていう感覚はあるけども、あまりそういう欲がない……。偉くなりたいとか、これだけはやりたいとかいうのもなかったし、欲が弱かったのかもしれない。

私は自分がガツガツすることが面倒くさいタイプだったので、ゆるゆる生きてしまったんだけども、生徒たちには、いつ終わるかわからないのが命だからガツガツ生きなさいって言いたい気持ちもあります。

そういう意味では夫婦似ているのかもしれない。亮之介なんかは何でもできる人なんだけど、全然ガツガツしてないし。

伊沢 長野さんは何が一番楽しいんですか?

亮之介 何やっても楽しい。

淳子 そう。何やっても楽しいんですよ、この人。本当そうだよね。わりと何でも楽しめるよね。

亮之介 裁縫も好きだし。昔は百姓って何でもやらないといけなかった。大工も料理も狩猟もすることが生活であり、生きることだったじゃないですか。俺は狩猟はやらないけど、生活全般のことをやるのは面白いから。

時々思うのは、お金にはならないんだけど、生きることってこまごまと色々なことをやっていて、それが全てかなとも思うの。

淳子 生まれる時代を間違えたかもしれない(笑)。現代にそぐわないよね。

伊沢 今は分業化しちゃってね。