「運古知新プロジェクト」で世界を変える (前編)

島崎敏一・大島歩・名取裕美・田中詩織(中川循環型社会研究会)×伊沢正名(糞土師)

長野県南部にある中川村では、「循環」をテーマにした「運古知新プロジェクト」が進んでいます。その活動を推し進める「中川循環型社会研究会」のメンバーに糞土塾にお越しいただき、持続可能な社会づくりについて話し会いました。

テーマは「循環」

島崎 中川村は人口4700人弱の農村です。私は20年ほど前に神奈川県から移住し、現在は建築大工と村議会議員の2足のわらじを生業としています。中川村の魅力はなんといっても人! 小さい村だからこそ、顔の見える地域づくりを行うことができる、そんな面白さを持っている村です。

私たちは今、仲間たち10数名と共に「中川循環型社会研究会」という有志団体を立ち上げ、「温故知新」をもじった「運古知新(うんこちしん)」をスローガンに「運古知新プロジェクト(長野県元気づくり支援事業)」を進めています。

昔から受け継がれてきた里山の文化や、人と自然との関わりを見つめ直して、考えるきっかけづくりをしよう、楽しく実践しようという試みです。具体的にはゴミや下水など、暮らしの身近にある問題に目を向けて、これからの暮らしを考えるきっかけづくりをする活動です。 23年6月には伊沢さんをお呼びして、講演とフィールドワークを実施していただきました。

名取 私は中川村の隣の松川町出身で、4年前に村に移住してきました。「運古知新プロジェクト」に関わるようになったきっかけとしては、東京と名古屋間をつなぐリニア中央新幹線の関連工事が、中川村内で進められていることがあります。

私はもともとフリーライターとして、リニア沿線に暮らす人たちを取材し、現地を歩き、そこで起きている問題を伝える活動をしていました。

リニア自体は中川村を通らないものの、長野県内では南アルプスの山にトンネルを掘り、大鹿村や豊丘村、リニアの駅ができる飯田市などで建設工事が10年ほど前から進んでいます。中川村では、大鹿村の山を掘って出た残土で橋の下を流れる沢を埋め、40メートルの高さまで盛土をするという大工事が進行中です。

以前、この対談ふんだんにも登場した造園家の高田宏臣さんが書いた『土中環境』という本を読み、「土の中にも空気や水の流れがある」ということを知りました。目には見えないけれど、土の中も“循環”している。リニアの大規模工事は、そうしたありのままの自然の流れを断ち切ってしまうんだ…と痛感しました。

そんな時に、友人である島崎さんや大島さんが議員になり、「何か暮らしの中で困っていることはある?」と声をかけてくれて。私はこれからこの土地で生きていこうとしているのに、すぐ目の前では、自然の循環を断ち切る工事が進んでいる。その現実になんだか絶望してしまい、こんなこと相談していいのかな、と迷いながらも「どうしたらいい?」と二人に素直な気持ちを聞いてもらったんです。そこから思いがけず、そういう現実はあるけれど、自分たちができることを考えつつ、村をもっと楽しい場に変えて行けたらいいね、というポジティブな話になっていきました。その時に出てきたテーマが「循環」でした。

(童心に返り、プープランドでブランコに乗って遊ぶ島崎さん(右)と田中さん)

伊沢 私に講演を依頼してきたから、てっきりウンコ問題に関心があってこのプロジェクトを始めたと思ったのですが、いきなりウンコというわけではなかったんですね。

名取 そうなんです、身近な暮らしの困りごと、というところから始まった話でした。私自身は古い家を借りて暮らしているのですが、下水道が通っていないので、生活排水がそのまま近くの天竜川に流れ出ていることがいつも気になっていて。そこから、村の下水のしくみについて知りたいと思うようになりました。そんなふうに、まずはゴミや下水などの、暮らしの中の廃棄物に目を向けました。それをみんなも興味があるから、まずは自分たちが知り、学ぶことから始めようと活動が始まりました。

伊沢 村の議員である島崎さんとしては、なぜ循環をテーマに活動しようと考えたんですか?

島崎 私は大工として働く中で、日本の伝統的建築文化=自然の恵みを暮らしに活かす技術に魅せられ、伝統的建築物の保全と活用に関わっています。地域の資源と職人の技術で建てられた古民家は、里山文化の結晶です。里山は循環型の社会が自ずと生まれてきた場所でもあります。「循環」というキーワードが古民家の保護にも通じるし、里山文化の継承にも通じるし、下水処理の問題にも繋がる。世の中が「循環」という考え方を今よりも大切にしたら、より良い世の中になると思っています。暮らし・農業・建築・教育・経済などなど、分断されている分野を統合して「循環」を面白く・噛み砕いて、押し付けがましくなく、「楽しい!」と思ってもらいながら啓発活動を行いたい。そんな想いからこのプロジェクトを発足しました。

伊沢 それを、どういうところからウンコに持っていったのですか?

名取 ウンコ自体を意識したというより、私たちは廃棄物の中のひとつとしてウンコを意識していました。

大島 私は島崎さんと同じく、中川村の議員をしています。また、村では夫や仲間とともに野菜農園を20年近く営んできました。村の知り合いが伊沢さんをよく知っており、以前から伊沢さんの活動を耳にしていました。それで、「運古知新プロジェクト」を始めることになったとき、伊沢さんを村にお呼びしてお話を聞こうといった話になりました。伊沢さんはウンコのことをやっているだけではなくて、もっと大きな意味での足元からの循環をやっている人だと感じたからです。

島崎 『土中環境』を書いた高田さんと伊沢さんとの対談ふんだんで、伊沢さんの口から「まさに温故知新ならぬウンコ知新と私は言っています」と話しているのを今さっき拝読しました。私達はその対談を知らずに、「運古知新」という言葉が降ってきたんです。不思議な偶然の一致が起きていたんですね。

大島 まあ、親父ギャグというか(笑)。

伊沢 なるほど、そういうことなんですね(笑)。中川村には以前も行って講演会をしたり、当時の村長の曽我逸郎さんには是非中川村で野糞で村おこしをお願いしますと話したこともあるけど、それを長く忘れていました。10年経って芽が出たわけですね。しかもそれに繋がるキーワードが「運古知新」とは!

私は個人であちこち飛び回って糞土思想を広める活動をやっているけど、それではなかなか地域社会に染み込んでいかないんです。社会を変えるって難しい。でも中川村の「運古知新プロジェクト」は、議員が先頭に立って村を巻き込んでやっているからすごいですよね。

(映画『うんこと死体の復権』の撮影現場を案内し、野糞の分解過程などを説明する)

行政を動かした「運古知新プロジェクト」

島崎 「運古知新プロジェクト」は、議員活動ではなく有志の住民活動という位置づけで行なっています。「運古知新プロジェクト」は、長野県元気づくり支援金という助成金を頂いて運営していて、先に行なった伊沢さんの講演会チラシに「正しい野糞の仕方ワークショップ」と明記したところ、県の税金を使って野糞なんてけしからんと、総務省にクレームの電話があり、さらに総務省から中川村の教育委員会に、また長野県のほうにまで電話で話がいったりして、村の職員さんたちがビックリしちゃったんですよね。

伊沢 野糞は軽犯罪法違反だと言われなかったですか?

島崎 それは言われませんでしたが、ひもといて話を進めていくと、「法に抵触しない」ということを行政としては大変気にしていました。当然ですよね、税金を使って犯罪があってはいけないわけです。軽犯罪法と廃棄物処理法に抵触しないようにということを、念押しされました。

村からは、いきなりやめろとは言われなかったです。自分の土地でやるなら問題ないんじゃないの、と。ただ長野県には、ウンコは廃棄物処理法からすれば一般廃棄物にあたり、それを土地に埋めるのは不法投棄にあたるため、完全にシロとは言えない。だからやめたほうがいいんじゃないかと言われた。軽犯罪法についても触れていました。その際、長野県とは電話で何時間も話しましたが、担当の方がとても親身になって下さり、直接話し合いをする場を用意していただきました。

私ともう一人のメンバーが合同庁舎に行って、伊沢さんの本を山ほど持って説明をしてきました。中川村の下水道処理の問題や、伊沢さんがいたずらに野糞を推奨しているのではなく、命の循環や、人間のあるべき姿に真摯に向き合って、そのうえで象徴的な存在としてウンコや野糞があるんだということを2時間くらいかけて丁寧に職員に話したんです。すると、これはふざけて野糞のワークショップをするのではなく、今の時代に必要とされている大事なメッセージだよね、ということを理解してくださいました。さらに、何か一緒に開催できる方法も模索しましょうと、県の方から提案までありました。

それまで作ったチラシは、それだけだと誤解を生む内容だったので、よりマイルドな表現に訂正して追加説明の文書も添付し、ようやくワークショップ開催のゴーサインが出ました。

名取 その時に村の下水道処理の実情をまとめた資料を持って行きました。「運古知新プロジェクト」の一環で、村の下水道処理施設の見学会をやったのですが、そこで各家庭から出る生活排水がどのように処理されていて、どれくらいお金やエネルギーがかかっているのかを知りました。そこで感じた課題や問題を資料にまとめ、なぜ村に伊沢さんを呼ぶかという理由書を作って長野県の職員の方に見てもらったんです。

大島 中川村では、一人当たりかかっている下水道料金が、なんと年間6万円です。赤ちゃんからお年寄りまで、これだけかかっているんです。

伊沢 そんなにですか! 村の人口は4700人だから、全部で年間3億近くかかっているわけだ!

大島 それをいつまで続けていけるのかな、と思ったわけです。膨大なエネルギーをかけて、お金を使って下水処理を行い、汚泥は重油を使って燃やして灰にしているわけじゃないですか。ほかに方法はないのかと。

(プープランドにある枯れ木を活用して一切資源を持ち込まず、1円も掛けず、壊れても土に還ってゴミも出さない、完全手作りのシーソーを楽しむ名取さん(左端)たち)

伊沢 いま世界的にも資源不足が進んでいますよね。再生可能なエネルギーとして何が一番可能性があるかというと、私はウンコだと思っているんです。世界の80億人の人間が、年間どのくらいのウンコをしているのか計算すると、何億トンにものぼります。それを処理するための電力や重油など、相当な資源エネルギーも使います。しかし処理を止めれば、使う資源もお金も要らなくなるし、さらに資源としてもウンコが生きてくる。二重にプラスが出てくるわけです。

だから私は、資源の枯渇や環境破壊が進む人新世の地球を救うには、再生可能エネルギーの筆頭がウンコであり、野糞なんだと訴えているんです。そしてこのウンコで再生する世界を、私は「糞新世 (くそしんせい)」と名付けています。

大島 みんながいきなり野糞できるとは限らないけれど、そもそもウンコとは何だったっけ?というのを、立ち止まって考える時じゃないか、と問いかけをしたかったんです。

伊沢 いいですね。誰かがそれを言い始めないと、社会は動かないですよ。私は世間離れしちゃってるから、私が言ってるだけではダメなんです。皆さんのように、地域や行政と繋がっている人たちからじゃないとね。私は理屈として広めているだけですから。実際、そうした理屈を行動として社会に生かしていけるのは、皆さんがやっている「運古知新プロジェクト」のような活動です。

名取 中川村のように人口4700人くらいの規模は、村民の声が届きやすくて、行政との距離も近いんです。何かをやりやすい環境だと感じます。村の下水道処理施設の見学でも、公民館の「郷土を学ぶ会」として村と一緒にやらせてもらいました。当日は、村の建設環境課の職員さんが施設を案内してくださり、行政がとても協力的です。

(丸太のベッドに寝転んで、予想外の気持ちよさにくつろぐ田中さん)

島崎 中川村では、村の人たちが盛り上がる場を作るのが行政の仕事、というふうに捉えられていますよね。

伊沢 その行政の自覚が素晴らしいですね。普通は、余計なことをやって失敗したらまずいからと、前例がないことはやらないという行政が多いですが、さすがに中川村は違います。

前村長の曽我逸郎さんは国会前での反原発デモなどにも参加したりして、権力にも有権者にもこびたりせず、それでいて反対意見にもきちんと向き合い、民主的な誰でも安心して住める村づくりをしましたよね。そのDNAがしっかり根付いた中川村は、私にとっては、そして糞土思想にとっても、理想郷ですよ。

 〜「運古知新プロジェクト」で世界を変える(後編)へ続く〜

          (取材・執筆・撮影:小松由佳)