週2時間の労働で生きる術

小宮勇介(ゆったりズム実践者)×伊沢正名(糞土師)

田舎でのんびり、好きなことだけをして生きていく。そんな暮らしに誰もが憧れつつ、現実には不可能だと諦めていないでしょうか。

ですが、週2時間の労働だけで、あとはゆったりと好きなことをして生活している人物が実在します。それが、小宮勇介さん。小宮さんの「ゆったりズム」を学びたいと、伊沢さんとの対談を実施。東京であくせく働く筆者が、インタビューしました。

新幹線より、13時間の電車旅 

―― 茨城県に住む伊沢さんと、兵庫県に住む小宮さん。何がきっかけで出会ったんでしょう?

小宮 伊沢さんを知ったきっかけは、2008年末ごろに本屋でたまたま立ち読みした、伊沢さんの著書『くう・ねる・のぐそ』でした。

そして6年ほど前に、伊沢さんが大阪で糞土思想の講演をしていたんです。それに参加したのが、出会ったきっかけですかね。

伊沢 小宮さん、兵庫から大阪まで、2時間かけて自転車で来たんですよ。面白い人がいるなあと思って。

小宮 車はお金がかかるし、あまり乗りたくなくて……。

伊沢 もう一つの接点は、「糞土塾」の開設準備です。糞土塾は、糞土思想を広め、実践できる場です。

講演会など様々なイベントにも活用できる宿泊可能な施設にしたいと、古民家の母屋を改修しています。さらに近所にある林を整備して、プープランド(野糞天国)と名付けました。

プープランドで、倒木を利用して作ったベンチに腰掛ける二人。

そこでは、子どもたちが山遊びを通して自然の素晴らしさを学んだり、正しい野糞の実習講座を開いたりする予定です。その整備に着手しようと、去年の秋、手伝ってくれる人をノグソフィアホームページで募集しました。

そこでたった一人、手を挙げてくれたのが、小宮さん。すごい行動力ですよね。

小宮 自然に近づけそうだし、面白そうだなと思って。

―― でも、小宮さんは兵庫にお住まいですよね?交通費は?

伊沢 私も、同じ心配をしたんですよ。手伝いに来てくれると言っても、毎回新幹線なら交通費がかなりかかるなって。そうしたら、青春18きっぷで13時間かけて行きます、と。そうすれば、電車代も2000円ちょっとで抑えられる。

私も以前はよく青春18きっぷを使っていたからそれは分かるんだけど、驚きなのは手伝いに来てくれた回数です。去年の暮れからこの5月までの間に、何と9回ですよ!

1回来るとだいたい3日仕事して帰るんだけど、行き帰りに1日ずつかかるから、全部で5日。それを9回、しかもボランティアで手伝ってくれるんです。信じられますか?

シーソーを作るため、クリの枯れ木を切る小宮さん。小宮さんは木こりもできるのです。

―― ちなみに電車の中で13時間も、何をして過ごしているんでしょうか?

小宮 そうですねえ、本を読んだり、窓の外の景色を眺めたりしています。

伊沢 本当にゆったりしているよねえ、小宮さんは。それに比べて私はすごくせっかちなので、小宮さんを見習いたいと思っています(笑)。

小宮さんの“ゆったりズム”

―― 改めて、小宮さんはどういう生活をしているのでしょうか?

小宮 基本的に、仕事はしていません。今は兵庫の実家で家族と暮らしていて、自宅で農業をやっています。大規模な農業ではなく、自給自足を目的とする小規模なものです。

お金が発生する仕事としては、週に一度、近所の農家が持ち寄った野菜を仕分けて配送しています。大体、2時間くらいでしょうか。

―― 労働時間は、週に2時間というわけですね。毎日どんな暮らしを送っているんですか?

小宮 大体、こんな感じでしょうか。

 畑仕事と読書の時間が一番好きなので、好きなことをしている時間がほとんどですね。大学を卒業してから、上下水道の維持管理会社で働いていたことや、介助のアルバイトをやっていたこともありますが、最近はこんな生活を送っています。

―― 自分の時間をたっぷりとれていますね。東京であくせく働いている身としては、理想の暮らしに見えます……。

伊沢 憧れはするけれど、こんな暮らしは不可能だとみんな言いますよね。生活費はどうするんだ、家賃はどうするんだって。

でも小宮さんみたいに、田舎に住んで、自給自足をして、生活コストを抑えれば、週に2時間労働するだけで、あとは好きなことをして生きていけちゃう。そういう人が実際にいるとわかれば、もう誰も言い訳できないですよね(笑)。

小宮さんみたいな人が存在すること自体に、強い説得力がある。そう思って今回、対談をお願いしたんです。

あと小宮さんは、農業を辛い労働と捉えていない。それも興味深いですよね。

小宮 出荷するための農業というよりは、自給自足のための農業だからかもしれません。田舎で農業をする生活に憧れも持っていたので、自分のやりたいことでもありますね。

丸太を切って積み上げただけで、1時間足らずで完成したシーソーで遊ぶ二人。

「生産性がない」って、素晴らしい

―― とはいえ、私だったら働かないことに対して、不安を覚えてしまいそうです。自分は社会に何も貢献できていないのでは、というような。

伊沢 自分は何も生産していないんじゃないか、という不安ですよね。でも、こう考えてみたらどうだろう。

そもそも人間以外の動物には、生産性なんてないですよね。ただ誕生して、食べてウンコして成長して、子孫を残して死んでいくだけ。一見何の役にも立っていないようだけど、だからこそ自然と共生して生きていける。

物を作り出す過程を見てみると、自然から資源を奪って、エネルギーを使って、製造過程で汚染物質を出し、出来上がった製品は最終的にやっかいなゴミになっている。つまり、生産性は自然破壊にも直結している。

だから生産性がないって、むしろ褒め言葉だと思うんです。それを実践しているのが、小宮さん。

小宮 もちろん私も、「今日は何も生み出せない日だった」と、落ち込むこともあります。自己肯定感が高いかと言えば、全然そんなことはありません。

でも、だからこそ野糞が救いになります。野糞を通して、毎日自然に命の素を返せるということですから。

伊沢 小宮さんの野糞率は、実は95%を超えているんですよ。ウンコだけでなくオシッコもだから、そこは私の方が完全に負けています。とにかくうちに来たときに、トイレを使うのを一度も見たことないんです。

小宮 あとは純粋に、自分が好きではないことに時間を使うのって、損だなあと感じます。ケチなだけかもしれません(笑)。

伊沢 でも、ケチってすごく大事な考え方だと思いますよ。誰に、何に対してケチなのか、というのはあるけれど。自分さえ良ければいい、誰にも何もやらないというケチもあるけれど、小宮さんの場合は、自然からもらったものを無駄にしたくないとか、そういうケチですよね。

―― なるほど。誰に、何に対してケチか、という視点は面白いですね。

伊沢 私と小宮さんがお昼ご飯を一緒に食べに行くと、二人とも「お皿舐めたの?」ってくらい、きれいに食べます(笑)。お皿が汚れていたら、その分余計に洗剤を使うことになるし、そもそも自然からいただいたものは、残さず食べたい。

小宮さんは、最後はお皿に水を差してまで、きれいに食べますもんね。私も一人で家にいるときはやるけど、外ではなかなか出来ない。見習わないと、ね!

社会問題を自分ごとにする

―― 小宮さんは、単に働きたくないというのではなくて、時間にゆとりがある分、伊沢さんの活動を手伝ったり、沖縄の米軍基地を引き取る活動に参加したりと、社会問題にきちんと向き合っていますよね。

小宮 社会問題を考えるようになった最初のきっかけは、高校生のときに、在日韓国人の詩人の金時鐘(キム・シジョン)さんの講演を聞いたことかもしれません。

その講演を聞いて、初めて在日韓国人の歴史を知ったんです。驚いたのは、それまで在日韓国人の歴史を自分が知らなかったこと。授業では、なぜ教えていないんだろうと疑問に思い、自分で勉強しなければと考えるようになりました。

大学卒業後には、100日間の韓国巡礼のツアーに参加して、韓国のことを勉強しました。農業もそうですが、自分の手でやってみるとか、自分で現地に行って体験してみないと、本当のことはわからないんじゃないかと思います。

―― なるほど。ただ一般的には、社会問題が重要だと思いつつも、仕事や家庭が忙しいことを理由に後回しにしてしまう人が多い。小宮さんはなぜ、社会問題を自分ごととして考えられるのだと思いますか?

小宮 「お金がもらえること」ではなくて、「自分が価値があると思うこと」をやるべきなんじゃないかと。そういう風に自分の中の優先順位を変えないと、世の中が間違った方向に進んでしまう。

そこで始めた活動の一つが、沖縄にある米軍基地を、自分の県で引き取るという運動です。いきなり基地をゼロにすることは現実的に難しいけれど、沖縄の人にばかり負担を強いるのはおかしい。そう考えると、今必要な活動はこれなんじゃないかと思って、座り込み活動や講演会の手伝いを始めました。

最近では、沖縄の戦没者の遺骨や遺品が混ざった土砂を埋め立てに使うことに反対する、政府と国会に対する請願活動もしています。

伊沢 沖縄の米軍基地の話は、私も小宮さん経由で多くのことを知り、大変共感するようになりました。

というのも、私も糞土師になってから、写真家の時とは反対に批判される立場になったんです。ウンコの話をしているだけで、とんでもない奴だとレッテルを貼られることも多いからね(笑)。

自分が差別されるようになって初めて、差別される人の気持ちを頭で理解するだけではなくて、腹の底から実感できるようになりました。

自分の優先順位を見直そう

―― ゆとりある暮らしをしたくても、どうしても忙しく過ごしてしまう。そんな現代人は多いと思います。どうしたら小宮さんみたいになれるでしょうか?

小宮 どうでしょう。自分の中の優先順位を、改めて考え直してみるのは良いかもしれません。

私は、農業と他の仕事(”X”)を組み合わせた働き方「半農半X」を提唱する塩見直紀さんが作った、このA to Zというワークシートを使って、自分が本当に大事にするものってなんだろう、とたまに考えています。

A~Zまで、26の問いに答えることで、自分の性格や目指すものを明確にすることができるツールブック。https://atozconcept.net/atozsketch/

伊沢 このA to Zスケッチ、すごく価値がありますよね。こういうツールがあれば、自分自身の姿が見えてくるんじゃないか。

私も写真家を辞めて糞土師になりましたが、それは本当に自分自身がやりたいことと、写真家という仕事に矛盾を感じ始めたからなんです。

私はもともと、キノコやコケの美しい写真を撮り、その素晴らしさを本にして伝えることで、多くの人に自然保護の意識を持ってほしいと考えて、写真家になりました。

でも結果として、私が写真を撮るほど、キノコ狩りのブームが過熱しました。私の本をきっかけに、自然が荒らされてしまったんです。でもコケは食べられないからさすがに大丈夫だろうと思っていたら、今度はコケ玉ブームなんかが起きて乱獲される。

この矛盾が嫌になったので、写真はやめて、糞土師1本で行こうと決めたんです。   

―― 自分が大切にするものがしっかりわかっていたからこそ、未練なく写真家を辞めることができたと。でも、一度得た名声や収入を手放すって、すごく勇気がいることですよね。「もっともっと」と欲望が止まらない人もたくさんいるのではないでしょうか。

 小宮 欲望が止まらないのは、数字だけを見ていることが、原因ではないでしょうか。どれだけ儲けられるか、と通帳に書かれた数字だけを追って、仕事の中身を見ていない。

伊沢 確かに、金を稼ぐことに意義があると考えていたら、写真家を辞めることはできなかったと思います。自然保護のための写真なんだという明確な目標があったからこそ、主体的な選択ができた。

さらに写真家を辞めようと決意したのは、北海道から沖縄まで日本産のコケ全種類を扱う『日本の野生植物・コケ』という写真図鑑の大仕事を終えたタイミングだったんです。

心身共に消耗しきった虚脱感と、「もうやり遂げた」という途轍もない満足感もあった。そこまでたどり着いたからこそ、惜しみなく辞められたのかもしれません。

プープランドを案内してくれる伊沢さん。

完璧は目指さなくていい

―― とはいえ、成長志向の世の中はまだ続いていきそうです。小宮さんや伊沢さんのように、潔く人生を切り替えられる人は少ないように感じます。

小宮 私が思うのは、みんなもっと植物のように生きてもいいんじゃないかということです。植物は、日光を浴びて、酸素を作り、やがて枯れていきますよね。何か目的があって、生きているわけじゃない。人間の人生、それくらいシンプルに考えても良いのではないでしょうか。

伊沢 もちろん、まるっきり小宮さんになるのは大変だし、毎日野糞するのも大変。でも、成長を目指す人生の中に、ゆったりする時間と場所があって、そこで息抜きができれば良いんじゃないかと思っています。そういうことも含めて始めたのが、「糞土塾」なんです。

特にプープランドは、自然と向き合える自然教室のようなもの。小宮さんに手伝ってもらい、切り倒した枯れ木の丸太で階段やベンチ、シーソーなどが出来ています。さらに、急な雨に備えて小屋を造ったり、テントサイトやツリーハウスも造りたいと考えています。

もちろん快適に葉っぱ野糞が楽しめるように、紙よりよっぽど気持ちよく拭けるギンドロ(ウラジロハコヤナギ)の苗も植えました。

プープランドに植えたギンドロの苗木

糞土塾では、現在の効率や手軽な快適さを追求した暮らしを離れて、少し不自由でも、なるべく自然に即した生活を提案したいと考えています。

営利目的の宿泊施設ではないので、自炊や掃除、片付けなどをしてもらう代わりに、宿泊費は無料です。ただし水道光熱費などの維持費が必要なので、カンパ大歓迎でやっていくつもりです。こういうところ、ちょっと小宮さん的でしょう?

そして糞土塾とプープランドで、自然と共にゆったりした時間を過ごしてもらいたいんです。

藁葺き屋根の古民家の屋根裏部屋。30坪近くあり、イベントスペースとして活用する。

寝るときは蚊帳に入って快適

―― 確かに週に1度でも、田舎でのんびりできる時間があれば、心の持ちようも変わりそうですね。

伊沢 糞土塾はもちろん、糞土思想を伝えるのが一番の目的です。みんなが毎日野糞をしなくても、100人が週に1回野糞するだけですごいインパクトになります。

とはいえ、糞土塾に来たら絶対に野糞をしなければいけないわけではなくて、糞土思想を気に入ってくれたらぜひ、ということですけれどね(笑)。

ノグソフィアHP上には、近日中に「糞土塾」のリンクを貼る予定です。 http://nogusophia.com

また、糞土塾に興味のある方は、糞土師伊沢宛に直接ご連絡ください。 fundo4izawa@gmail.com

〒309-1347 茨城県桜川市富谷1014 伊沢正名 / TEL & FAX:0296-75-2384

自然と共に暮らすゆったりした生活の良さに、皆さんが糞土塾で気づいてくれれば、と願っています。

<了>

(取材・執筆・撮影/金井明日香)