菌類に学ぶ平和な世界(前編)

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写真からウンコへ

ハナオチバタケ・写真家デビュー作

伊沢 そして写真家になり、それなりに菌類と隠花植物を世間に広められたと、一応は自負しているんですけどね。

出川 すごい偉業ですよ。みんな分類の研究や多様性やる人は、アマチュアでもまずその姿形を頭に叩き込むわけでしょう。ほとんど僕くらいの世代は、キノコでも粘菌でもコケでも、伊沢さんの写真の図鑑だけが頼りみたいなとこがあるわけですよ。それを穴の空くほど、食い入るように見て。

 でも今では、ちょっとグーグルで検索すれば簡単にいろんな写真が出てくるから、その有難みは今の学生たちには分からないかもしれないですけど。

 実は、昨日の実習でも、筑波大に行けば粘菌の研究ができるらしいっていう噂を頼りに入ってきたんですという学生がいて、あー僕もそうだったなぁって思い返したんですが、この道に進むに至った過程で、本当に大きいんですよね、伊沢さんの存在が。

伊沢 そう言ってもらえると嬉しいよね。

出川 ところが写真家をやめて、突然ウンコの世界へいっちゃって… みんな、どうしちゃったんだ伊沢さん、みたいな。大変な問題だった。

伊沢 確かに、それまで仲間だと思っていた多くの人が、糞土師になった途端に蜘蛛の子を散らすように離れていったからね。中には「裏切り者」って言ってる人もいたらしい。

 だけど、みんなに最悪だと思われているウンコでさえ、菌類にかかれば素晴らしい命の素になる。菌類ってこんなにすごいんだ、と一生懸命広めている糞土師は、ある意味今関先生の最高の後継者だと自分では思ってるんだけどね…。ただ、そんな中で最も残念だったのは、一番理解してくれると思っていた菌学会から一番酷い拒絶をされたこと。

人糞肥料は違法? その実態は…

伊沢 10年ほど前の菌学会大会のとき、スライド講演を頼まれたんだけどね。もちろん綺麗なキノコの写真をいろいろ見せてほしいんだろうとは思ったけど、すでに糞土師になっていたから、野糞跡掘り返し調査のスライドでやることにしたんだ。最低だと思われているウンコでさえ、最高のご馳走に変えてしまう菌類の素晴らしさを謳っているんだからね。菌学会での発表テーマとしては、最適だと考えたんです。

 依頼の電話をくれた会長の奥田さんは、すぐに分かって賛同してくれたんだけど、次に来た電話で、その案は全体会議に諮ったら、残念ながら否決されちゃったって言うんだ。野生動物のウンコとは違い、肥料にすることさえ禁じられている人糞を使った調査なんて、違法なんだから絶対認められないって。

 確かに人糞には食品添加物や医薬品由来の物質なんかも含まれるかもしれないけど、法律で禁じられるほど酷いものなのか?でも、研究者が言うんだからそうなのかもしれない。とは思ったけど、納得できないのでその法律を調べたんです。法律事務所から始まって、市役所の環境課、し尿処理場、保健所とたらい回しされて、ようやく5カ所目の肥飼料検査所で答えが出た。

「人糞で肥料を作ることは規制されているのですか」と聞くと、「人糞肥料を作っても、自分で使う分には構いません」という返事。あぁ自己責任か、と思い、次に「化学物質などが含まれて害になるから規制されるのですか」と聞くと、「そうではないけれど、売ったり人に譲ったりすることは規制されています」って。

 出川さん、どんな法律だと思いますか?

出川 タブーとか、倫理的な問題ですか?

伊沢 いやいや、肥料というのは製品だから、製品表示法という法律に触れるんだって。つまり原材料とか成分、製造者とかを、どこどこの誰さんが出したウンコが原料で、成分は何々、効能は……

出川 それを表示すれば良いってこと?

伊沢 そういうことだろうね。笑っちゃうよ。でも、規制する法律があるんだから何か悪いことがあるに違いないだろうと勝手に早とちりして、野糞調査を全否定し、結局スライド講演の企画まで潰されたんだよ。無責任だし、酷いものだよね。

出川 その伊沢さんの熱い思いは、特別寄稿で菌学会のニュースレターにでもぜひ残してください! それで、その挽回編ということで、今度、ぜひとも、菌学会で糞土師の講演会をお願いしますよ。コロナ禍でリアルの会合が難しくなっている反面、リモートにより今までなかったようないろんな新しいアイデアを試してみる良いチャンスに恵まれています。様々な立場からウンコと菌をめぐるパネルディスカッション、というのもとっても面白いかも!

(後編に続く)

(取材、写真:飯島礼)