関野吉晴(探検家・医師)× 伊沢正名(糞土師)
探検家の関野吉晴さんが数年前から取り組んでいる「地球永住計画」プロジェクトを知った私(糞土師)は、糞土思想が目指すものがこの中にあると直感しました。地球永住計画は「火星移住計画」に対抗するもので、地球という星の魅力を宇宙規模での壮大な観点から見つめています。そこから多くのことを学びたいと、関野さんに第1回目に続いて対談をお願いしました。
火星移住計画は是か否か
――地球環境が悪化していくため、火星移住計画を唱える人がいます。お二人はどう思われますか?
伊沢 私たちは、地球の奇跡的な素晴らしさを本当にはわかっていないと思うんです。だから地球に資源がなくなったら火星へ移住すればいいと軽く言う。でもそれは単なる侵略者の考え方ですよね? かつてヨーロッパ人がアメリカ大陸という新天地でさまざまなものを奪ったように。
関野 まず、火星へ行くのと新大陸へ行くのはちょっと違います。生き物がいなければ侵略ではないんですよ。火星に微生物はいるかもしれませんが。
伊沢 生き物はいなくても、火星に移住するからには土地や資源を奪いますよね。
関野 その資源は移住した人が使う分であって、わざわざ火星にある資源を地球へ持ち帰ることはないと思います。
伊沢 火星に植民地を作って、そこで人間が親分になってふんぞり返って暮らすのは、侵略者の意識ではないでしょうか?
関野 いや、侵略というのは、行った先に人がいた場合に使う言葉ですよね。ヨーロッパ人がオセアニアやアメリカに行ったときは、そこに人が暮らしているのに人として見ないで、植民地化して搾取した。火星に生き物がいたら操作することになるので問題ですが、いなさそうなので、あまり問題ではないんじゃないかな。
伊沢 そうですか。でも私は人対人だけでなく、ヒト対自然と捉えているので、これも侵略だと……。
関野 私も、火星に微生物でもいれば生き物の生態系ができているので、侵略だと思います。しかし生き物がいなければ生態系はないので、無機物の世界です。
無機物の世界はどんなに破壊しようが毒物を持っていこうが、何も困らないのです。生き物がいると、自分たちが傷つき、病気になり、死んでしまうので困るのです。
アフリカで生まれた人類は世界中に拡散していきますが、まさに侵略の歴史なんですね。4万年前に日本列島に初めてやって来た人たちも侵略者です。人間はいなかったけれど、他の動植物はすでに生態系を作っていましたから。最初の日本人はノグソしていたでしょうから、すぐにその当時の自然の循環系の環の中に入りこんだでしょうね。
それよりも、火星へ行くために莫大なエネルギーがかかることが問題ですね。移住計画といっても、実際に行けるのは超エリートだけ。それよりもっとみんなに平等に、富やエネルギーを分配しないといけないと思います。
伊沢 全くその通りですね。
関野 ただ僕は、火星探検はいいと思っているんです。未知のことを知ることで、知の遺産が増えます。より良い地球生態系のために必要な新しい知見がわかるかもしれないので。
たとえば液体の水はないだろうと思っていたのに、よく探してみたら存在していた痕跡が見つかった。すると微生物がいる可能性もないとは言えない。酸素がなくても生きていける微生物は地球にもいますからね。
伊沢 地中海の深い海底で、酸素不要の新種の多細胞生物が見つかったという話もありましたね。
関野 つまり全く違うエネルギーで生きている。生命とは何かを探るために新しいヒントを得られるなら、探検ぐらいはいいのではないかと思います。でも移住となると、やめてくれよってなる。
伊沢 移住するためには惑星を地球化すること、つまりテラフォーミングが必要になりますよね。
関野 そうです。でも地球化と簡単に言いますが、地球は本当に多くの偶然が重なって成り立っている奇跡の星なんです。
※ テラフォーミング(terraforming):惑星の環境を人為的に変化させて、人類の住める星に改造すること。「地球化」「惑星改造」「惑星地球化計画」とも言われる。