「地球永住計画」に学ぶ、足もとに広がる地球の奇跡的な素晴らしさ

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人は本当に大事なことを見ようとしない

――同じ人間でも、アマゾンの人々は自然の循環の中で生きているのですね。

関野 彼らの家の中にカゴや弓矢などがありますが、自然素材から作られていないものはない。彼らが出すゴミはバナナの皮や古くなった敷物で、不要だけど邪魔物ではないんですね。外に置いておけば昆虫や菌類に分解されますから。

彼らは整理していてきれい好きだし、排泄は森でノグソする。私たちにとっては、ゴミもウンコも汚くて遠ざけたいものですが、彼らにとってはそうではない。僕がなぜアマゾンの先住民や少数民族のところへ通っていたかというと、彼らの視点で自分の文明を見つめてみたかったからです。

そうしてこれまで世界中の辺境を歩いてきた一方で、これまであまり自分の足もとを見ていなかった。だから地球永住計画は、これからもっと足もとを見てみたいという気持ちで始めました。

伊沢 そうなんですか。実は糞土思想も自分のウンコが出発点でした。

関野 僕の生まれ育った東京都墨田区は豚皮なめし業の全国シェアの8割を超える一大生産地で、なめし工場街や生皮賭場や油脂工場もあります。グレートジャーニー(GJ)から帰国後、僕はそのなめし工場にお願いして、しばらく働かせてもらっていました。実際にやってみたらすごく重労働でしたが、色々なことがわかりました。

たとえば外国人労働者、職人たちの高齢化、そして差別の問題もあります。皮や肉を扱う人は被差別民で、日本人が知らない東京がそこにあるわけです。

伊沢 基本で大切だけれど過酷な部分は陰に押しやられて、私たちは上澄みのきれいな部分しか知らないんですね。

関野 それから、自分が今住んでいる近所でも何かやろうと思って、身近な玉川上水に注目しています。保全生態学者の高槻成紀先生と知り合い、タヌキや糞虫やシデムシなどを調査したいと思って。

糞虫もウジ虫もシデムシもみんなスカベンジャーで、彼らがいないと世の中はウンコだらけ、死体だらけになっちゃう。大活躍しているのに、そういう生き物って人々からは鼻つまみ者にされている。でも見ていると、一生懸命生きているんですよ。

糞虫のセンチコガネ(「センチ」は雪隠=便所の意味)(写真提供:伊沢正名)

関野 それと同じで、一番重要な仕事をやっているのが被差別民なんです。のけ者にされている彼らに、復権というか、もともと権利はないのかもしれないけれど、そこに焦点を当てたいんです。何が大切かということについて、みんな間違っているんじゃないのかなと思っていて。

伊沢 ウンコとノグソの糞土師も被差別民の1人です。上辺だけで見ていますよね。

私も20歳の頃に自然保護運動に関わって、自然を美しい対象物として見ていました。ところがあるとき、キノコやカビなどの菌類が死んだ動植物を土に返していることを知って……。

関野 つまりスカベンジャーですよね。

伊沢 はい。完全に人生観が変わりました、自分は何だったんだろうって。分解して土に返す、つまり菌類が命を生み出しているんですよね。

小さなキノコでさえ森を作っているのに、それに比べて自分は食べて命を奪って、トイレにウンコをしているだけ。それで私はキノコの写真家になり、さらにノグソで命を返す糞土師になったんです。

スカベンジャー(scavenger):動物の死骸や排泄物を食べる動物。掃除人。