出川さんにウンコを送ると…
伊沢 ところで、あの野糞調査ではウンコに生えた菌の種類を調べてもらうために、出川さんに何度かウンコを送りましたよね。手帳を調べたら、夏場の調査では9月に、冬の調査では3月に送ってました。
出川 僕もね、最初はちょっと躊躇したんですよ。いきなり伊沢さんから電話で、「出川君、ウンコ送るからね」って。「えぇっーーー」って。僕もハイ喜んで、とはね…。
伊沢 最初はウンコに現れた硬くて丸い菌核みたいなのを、汚くないように、きれいに洗って乾かして送ったんだよね。そしたら、「死んじゃってて分からないから、今度は培養してみるので、生のままもう一度送ってほしい」って。それでまだ9月で暑かったから、ウンコごとゴッソリとクール宅急便で送ったんだね。出川さんはちっとも嫌がってるようには思えなかったけど、むしろ好奇心なのかな?
出川 好奇心ですね~。届いた宅急便を「アァーーー」なんて言いながら広げたけど、そしたら意外に面白いんですよ。いろんなカビがゴニョゴニョ出てきて、アレッて思って見始めたら、もう好奇心の方が勝っちゃって…
ヒトヨタケ類の菌核にも驚きましたが、そのほかにもいくつか面白いのがあって、ハプロスポランジウム(Haplosporangium bisporalis :クサレケカビ科の一種)なんていうのは、小動物の糞や死骸を分解するカビで、ああ、こいつは人間のウンコにも出るんだなと新鮮でした。汚いものから生えていても、じっくり観察するとやっぱり面白い。死体だろうとウンコだろうとしっかり見れば、ね。
例えば、「幽霊の正体見たり枯れススキ」でしたっけ? 枯れオバナか。そんな風に言うけれど、お化けでも幽霊でも、みんなちゃんと見ないで勝手に想像して怖がったり、気持ち悪がったりしているんです。でも、どんなものでもきちんとじっくり見ると、例えば、ウジがうごめいている姿には一瞬ぞっとしますが、ウジの形態とか生態とかがちゃんとあって、それに向き合ってみると全く汚くも気持ち悪くもない。
クソの足しになる研究
伊沢 出川さんの好奇心は、真理を求める探究心に直結していると思うんです。最近の研究って、すぐお金になるものにばかり向かっている気がするけど、出川さんの研究対象って違うよね。だから出川さんは、本物の研究者なんだよ。
出川 いやいや、まだまだ本物には全然足りないと思うんですけど。ただ、先入観というのがいかにショーモナイものなのかな、と。
先ほどのウジ(=ハエ目の幼虫)っていうのは、死骸やウンコに湧いて気持ち悪いものという先入観がありますが、その生きざまを観察し、ウジの立場に立って一生を理解して、体のつくりなどが分かってくると気持ち悪いどころか、感動的に美しい精密機械なわけですよ。本当によく出来た。だから繁栄している。ハエっていう生き物はすごい分化を遂げていて、もう地球上のいろいろな環境に……
伊沢 出川さんの興味って、ウンコに生えるカビもそうだけど、お金になる応用研究よりも、ちっともお金にならないような基礎研究の方にばかり向かってますね。
出川 でも基礎研究をしっかりやらないと、本当の大発見というのも出て来ないわけですよ。ノーベル賞を日本人はいっぱい取ってるというけれど、あれは50年くらい前の人たちの研究でしょう。その頃は伸び伸びと基礎と応用を両方やっていたので、企業なんかでも基礎研究をとことん自由にやらせて、すごい大発見に繋がったわけです。それがだんだんと成果主義になり、すぐに役に立つ研究でないと研究費が下りないということで、みんなそういう方向へどんどん行ってしまっているんです。
伊沢 出川さんの研究って、この新自由主義の競争社会の中にありながら、カマドウマの腸内にいる菌なんていう、本当にどうしようもないものばかりやってますよね(笑)。だから学会や大学の重鎮から、「そんな研究してもクソの足しにもならない」って批判されてしまう。でもそれに対して出川さんが、「いや、クソの足しにはなってます!」って反論したっていうのを聞いて、さすが出川さん!と、糞土師としては胸がスカッとしたんだけど…
出川 世の中が厳しくなってくると、好奇心の追求なんて悠長なこと言ってるな、という批判が噴出してきますよね。でも、本当に役に立つ応用研究って、しっかりした基礎研究があってこそでしょう。やっぱり、とことん面白い基礎研究を極めないことには、新しい真理にたどりつけない。人目とか評価なんか気にせず、正直に本気で好奇心に向き合うのは大切です。
その点、菌類の世界は幸せですよ。カマドウマにしてもウンコにしても、身近なところにとてつもない未知の面白い世界が広がってます。視野に入ってはいても全く気付けていない。たぶん一生かかっても知り尽くせないぐらい魑魅魍魎みたいな菌類がうじゃうじゃいるので、日々好奇心を掻き立てられています。